大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成5年(行ツ)159号 判決

上告人

林桂珍

右訴訟代理人弁護士

柳川昭二

吉野正

矢野正剛

稲村鈴代

熊谷悟郎

被上告人

法務大臣

長尾立子

右指定代理人

小笠原正喜

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人柳川昭二、同吉野正、同矢野正剛、同稲村鈴代、同熊谷悟郎の上告理由について

原審の適法に確定したところによれば、上告人は、退去強制令書の執行により既に本邦を出国したというのであるから、もはや難民の認定を受ける余地はなく、本件難民不認定処分の取消しを求める訴えの利益は失われたものであり、これと同旨に帰する原審の判断は、是認することができる。論旨は、違憲の主張を含め、独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうものであり、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)

上告代理人柳川昭二、同吉野正、同矢野正剛、同稲村鈴代、同熊谷悟郎の上告理由

第一 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな憲法九八条二項(条約を誠実に遵守する義務)違背がある。

一 原判決は、難民条約は、「難民の認定についての規定も、難民の入国もしくは滞在を認めるべきことを義務づける規定も設けておらず、締約国の国内にいる外国人のみを難民として認定する制度をとるか、あるいは締約国の国外にいる外国人をも難民と認定できる制度をとるかは、締約国の立法政策に委ねているものと解される。」としたり(原判決四丁裏)、「条約は、締約国の領域に合法的にいる難民について庇護を与えるべきものとしている。」と判示してその結論を正当化している(原判決六丁裏)。

しかし、右のような原判決の難民条約の解釈は、わが国も承認、公布され国内的効力を有している「条約に関するウィーン条約」(我が国は、一九八一年五月二九日国会承認、同年七月二日加入書寄託、同年七月二〇日公布、同年八月一日効力発生、以下「条約法条約」という。)の条約解釈原則に明白に違反した解釈である。

二 条約法条約の条約解釈原則

同条約は、第三部条約の遵守、適用及び解釈で次のように定めている。

第一に、第一節条約の遵守において、合意は守らなければならず(第二六条)、条約の不履行を正当するため国内法を援用することはできない(第二七条)としている。

第二に、第三節条約の解釈において、一般原則を立て、条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味(ordinary meaning)に従い誠実に解釈するものとされている(第三一条一項)。

そして右文脈には、条約文(もちろん前文及び付属議定書も含む)の他に、締結に関連して当事国のなした関係合意、当事国の解釈宣言で他の当事国が条約の関係文書と認めたものも含まれている(同条二項)。

さらに用語の意味が曖昧で不明確な場合には、右の文脈の他に「後からの実行」である「後になされた合意」や「後に生じた慣行」をも考慮して解釈されることになっている(同条三項)。

第三に、補足的な解釈手段として、条約の準備作業と条約の締結時の諸事情を援用することも認められている(同三二条)。

三 ところで、我が国が、世界の非難を受けた末にようやく一九八一年六月五日国会承認、同年一〇月三日加入書寄託して加入した難民の地位に関する条約及び難民の地位に関する議定書は、果たして原判決のいうように難民の認定についての規定も、難民の入国もしくは滞在を認めるべきことを義務づける規定も設けておらず、これらはすべて締約国の立法政策に委ねられているのであろうか。

その結論は、まったく逆である。

まず、第一に、前提となる基本的な考え方として条約と国内法との関係から見て、国際法の国内的実施に関する規制の問題に関する今日の現代国際法の理論的水準は、国家に課せられる国際法上の義務の性質を理論的に分類し、締約国の国内法制に対する影響・介入の程度を問題にして理論をたてている。

すなわち、国家に課せられる国際法上の義務について、国際社会にとっての重要性による「内容」上の分類である相互的義務(国家が特定の他国との関係で相互に負う義務)及び普遍的義務(国家が、特定の目的のために形成された国際社会の全構成員に対して負う普遍的義務)の他に、各国の国内法制に与える影響を基準として性質上の義務の分類がなされている。

右の性質上の義務については、かつては多数国間条約が締結されても、その義務の国内的実施については、各締約国に広汎な裁量権がみとめられ、その国内法の範囲内で可能な措置をとるように期待されるにとどまっていたが、最近の多数国間条約の中にはその想定する結果が各国で同質・平均化して達成されるように、各国内の法令・措置の内容を特定し、条約上の義務履行について各国の裁量権の範囲を制約しているものが増えてきている。

この結果、その国内法制への介入・影響の程度を基準に、国際法上の義務を「性質」上分類して「結果の義務」「特定事態発生防止義務」「実施・方法の義務」としている。

「結果の義務」とは、国家に対し特定の事態と結果を実現しまたはその発生を防止するよう確保する義務をいい、「特定事態発生防止の義務」とは、本来、国家が管轄も関与もしていない人為的・自然的な事由(私人・第三者の行為または自然現象)に起因する特定の侵害結果について、「相当の注意」をもってその防止と排除をつくすように国家に要求する内容のものをいい、「実施・方法の義務」とは、特定の実施措置をとるよう国家に要求するものであり、これを怠ればただちにその国の国家責任を生ずる内容のものをいう。国際法上の義務の履行についてその実現方法を特定し、各国の裁量権を著しく狭めたものまたは奪うものをいう。

次に右の義務の性質により多数国間条約の関係規定が締約国の国内法制に与える影響・介入の点からの分類がなされ、「調整機能」「助長機能」「行為規範設定機能」「職務運営機能」が指摘されている。

「調整機能」とは、従来の各国内法に準拠して個別に処理されてきた国家管轄権の行使(政策・法制・規制監督措置)について、その実情を公開し、さらに「結果の義務」を確保できるよう標準化し、調整をはかる機能をいう。

「助長機能」とは、各国の国内措置の現状を是正し条約に定める最終目標を漸進的に達成する国内法制の整備をまって段階的に助長措置をとるよう義務づけるものである。

「行為規範設定機能」とは、各国の国家管轄権の行使について詳細な行為規範を定め、関係国内法を制定する際のモデルとするよう義務づけるものである。

「職務運営機能」とは、政府間国際組織の中には、条約上の義務を実現するため国家を介入させず、直接その固有の職務を運営措置をとるものがあり、国家管轄権に代替し新たに国際公共事務を創設して、その限りで国内法の適用を排斥する場合をいう。

この結果、伝統的国際法が、国際法を国内法秩序に編入し、国内で実施するための具体的方法の決定について各国の国内法に大幅な裁量権が認められているとされていた古い考え方は否定されているのが、現代国際法の理論的水準の現状である(以上、山本草二著「国際法」有斐閣、六ないし八ページ、七九ないし八五ページ、四六四ないし四七〇ページ参照。)。

第二、難民の庇護についていえば、今日、受入国の裁量権の行使としてのみ認められている事柄ではなくなっており、難民条約は、国家の庇護権の行使について一定の基準と条件を定めて国家の裁量権を制限している。

けだし、一八、一九世紀には、難民を庇護するかどうかは、受入国の国内問題であるとされ裁量の問題であったが、第一次大戦後、イデオロギー・政治体制の対立を直接の原因とする集団的難民の流出が発生した結果、その本国に代わり受入国による送還禁止・定住の許与、国際機関によるナンセン旅券の発給と保護の制度が確立し、さらに第二次大戦後の一九五一年七月二八日に難民の地位に関する条約(以下難民条約という。)が、それまでの歴史的発展を踏まえて作成された経緯があるからである。

そして、難民条約上の難民の多くは、人種、宗教、国籍、特定の団体の構成員または政治的意見を理由に迫害されるおそれが十分に根拠のあるものと認められ、国籍国の保護を得られないかその保護を望まない者を意味しているにすぎない(一九五一年一月一日以前に生じた事件の結果としての要件も、一九六七年一月三一日署名の「難民の地位に関する議定書」一条二項で削除された。)。

四 難民条約による国家による庇護権の行使の基準と条件は以下のとおりである。

第一に、難民条約は、難民の定義を詳細に規定している。

これによれば、認定する締約国の国内にいるという要件は、必要とされていない(特に一条A(2)参照)。

締約国は、難民の認定についてこの難民の定義に拘束されている。

難民の定義に該当するかどうかは本邦にいるかいないかの問題ではない。

第二に、受入国は、難民に対し、単に一時的な避難を与えるだけでなく入国及び在留(法的概念としては原判決のような「滞在」はふさわしくない。)を認め、不法に避難国にいる難民に対し、刑罰を科してはならないと規定し、その国籍国(難民の本国)の機関による訴追・迫害を免れるための保証を提供すべき義務を負っている(三一条)。また不法入国はもとよりその他の理由による追放ないし国外強制退去処分の執行について政治的迫害の待ち受ける地域への送還は禁止されている。後者が、いわゆるノンルフルマンの原則である(三二条、三三条)。

ここでは締約国に適法にいるかいなかは事柄の性質上問題になっていない。

第三に、受入国は、難民に対し、一定の積極的な保護と待遇を保障することとし、身分証明書と旅行証明書の発給の他、内国民待遇(裁判を受ける権利、公の教育、労働関係上の保護、社会保障。一六条、二二条ないし二四条)または一般の外国人と同等またはそれ以上の待遇(財産、結社、職業、居住など。一三条ないし一五条、一七条、二一条)を与えて定住を整備しなければならないとしている。

難民条約は、右のような基準・条件から各国の出入国管理についての伝統的な裁量権を制限し規制するものであり、かかる見地から国内実施のための措置を要求しているのである(前掲山本四六六ないし四六九ページ参照。)。

これを国内法制に対する影響・介入の点からみれば、難民条約は、国家管轄権の行使についてその裁量権を制限し、その実情を公開し、さらに前述の「結果の義務」が確保できるように標準化し調整をはかるため国内法制に影響し、介入しているものに他ならない(前掲山本八〇ないし八一ページ)

この結果、我が国も、それまでの出入管理令を、改正して、「出入国管理及び難民認定法」とした。

改正された主な内容は、出入国管理及び難民認定法二条第三の二号の難民の定義、第一八条の二の一時庇護のための上陸許可制度、同二二条の三の一時庇護のための上陸をしている者の在留資格取得制度の準用、五三条三項のノンルフルマンの原則(この規定は、解釈上すべての外国人に適用される。)及び第七章の二難民の認定等の第六一条の二以下である。

このように締約国は、条約上の難民と其以外の者の扱いを峻別することによって、難民の国籍国から不当・違法な干渉として非難される危険を回避できることになり、また政治的迫害等を行う本国に対する法的避難が加わり、国籍国が国内問題不干渉を援用できなくなり、その保護を受けられない難民に対して他国が、代わって保護を与えるという、国際公益の実現が期待されることになるのである。

さらに締約国は、第三五条で国際連合との協力が期待され、同機関の条約の適用を監督する責務に便宜を与えることになっている。

同条二項で難民に関する現行法令及び難民に関して将来施行される法令を国連難民弁務官事務所に提供することが義務づけられている。

第三六条で、締約国は、国連事務総長に対し、条約を確保するために制定した法令を送付することも義務づけられているのである。

すなわち、国連難民高等弁務官事務所が、条約の履行を確保するため監督機能を果たすために存在している(難民条約前文参照)。

五 我が国の従前の扱いと原判決について

我が国では、難民であると主張するものについては、入国・在留・退去強制処分の執行について、いずれも法務大臣の裁量権の行使に委ねられていたことは公知の事実であり、まれにしか認められない特別の事情でもない限り、入国・在留は認められず、台湾人の柳文卿事件に見られるように政治的迫害が予想される本国へ送還することが繰り返されてきたことは公知の事実である。

原判決は、第一に難民条約について条約法条約の解釈原則にしたがった解釈をしないまま難民の認定についての規定も、難民の入国もしくは滞在を認めるべきことを義務づける規定も設けていないと解釈しているが、かかる解釈は、明らかに先に述べた内容の難民条約一条A、三一ないし三三条の解釈に過誤があり、我が国の従前の伝統的な扱い、即ち、すべては国家の裁量権の問題とする立場となんら違いがない解釈をしているだけでなく、国際法の発展からも遅れること著しいものがある。

ただし、第一審判決が、まったく国内法だけを援用しているのとは雲泥の差があることは事実である。第二に原判決は、出入国管理及び難民認定法第七章の二には本邦にない外国人を難民として認定することができる旨の規定はないと解釈している。確かに、同法上の平面では、難民認定の申請をできるものは本邦にいる者に限られている。しかし、難民条約第三三条が締約国に義務づけているあるノンルフルマンの原則からすれば、一度、本邦で難民認定申請をした後に司法審査を求めていたにもかかわらず違法に本国に送還された者と当初から外国にいる外国人とを同等に考えることには強い疑問がある。

難民条約第三三条一項は、ノンルフルマンの原則である難民を政治的意見等のため生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放または送還してはならないと規定しているし、国内法である出入国管理及び難民認定法第五三条三項も、難民条約が、日本で発効すると同時に広く外国人について右のノンルフルマンの原則を国内法化したものであり、難民認定申請後、司法審査を求めている者にも当然に適用があるからである。

難民条約より一歩前進して一般の外国人についてまで右ノンルフルマンの原則を規定せざるを得なかった理由は、客観的見地から見れば、一九七七年に採択された国連難民高等弁務官事務所執行委員会の「申請者は、当該機関によりその申請が明らかに乱用であると認定されない限り、その最初の申請が上記(Ⅲ)項の記載の権限ある機関により決定が下されるまでは、当該国に留まることが許されるべきである。また、申請者は、より上級の行政機関または裁判所に対する不服申立が係属している間も、当該国に留まることを許されなければならない。」との難民の保護に関する決議を第一に念頭においていたからに他ならない。

そうでなければ、締約国が、勝手に難民と認定するまでの間の時間差を利用して本国へ送還してしまえば難民条約の適用が、損なわれ、難民の保護に関する国際条約の適用を監督する国連難民高等弁務官事務所の存在意義がなくなるからにほかならない。

満足に供述調書作成能力もない難民調査官が、調査しているわが国の難民認定制度のもとでは著しく弊害が拡大されることにもなる。

原判決のように、上告人について本邦外にいて本邦に戻る可能性のなくなった外国人については難民と認定できないとの論理を貫くことは右ノンルフルマンの原則をまったく無視する解釈であり、難民条約上最も重要な規制である同原則に反するものであることは火を見るよりも明らかである。

本件のように違法に中国へ送還され、その身柄を拘束された上告人については、国籍国である中国の保護の対象外にあるものであり、難民条約一条Aにいう条約難民該当性の判断は可能であるし、実体審理のうえ条約難民該当性を審理しなければならない。

にもかかわらず、右のような配慮にかける原判決は、結局のところ条約法条約及び難民条約の解釈を誤り、その誤りをわが国の国内法を援用することで糊塗したため先のように判示して、結論を正当化したにすぎない。

よって、原判決は、憲法九八条二項が、国家機関に要求している条約を誠実に遵守する義務に違反するばかりでなく、その違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべきである。

難民の庇護は、結局のところあくまで一般の外国人と峻別されて難民条約による国際的保護であるという点にその本質があり、単なる領域的庇護ではないことを明記すべきである。

したがって、国内法より、上位法である難民条約上は、上告人について難民該当性の有無に関し、判断することになんらの制約もなく、むしろ望ましいのである。

第二点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかなる行政事件訴訟法九条の違背(解釈適用の誤り)がある。

一 原判決は、「本件不認定処分は、控訴人が本邦にない事実によって、その効果が消滅するものでなく、控訴人にその効力が及ばない状態となるものにすぎないから、本件訴えの利益について右括弧書の適用される余地はない。」と判示している(原判決七丁表ないし八丁裏)。

二 しかし、法律より形式的効力が上位にある難民条約の趣旨からすれば、上告人が、外国にいても難民条約上の難民として認定することに制約はまったくなく、かえって同条約の趣旨からすれば望ましいところであることは前述したとおりである(同条約前文参照、難民の定義規定である一条、三三条参照)。

にもかかわらず、原判決は、わが国の国内法上の難民認定制度の二、三の条文を援用して訴えの利益がないとしているが、国内法上をとっても上告人が、条約上の難民と認定受けた後に出入国管理及び難民認定法七条の二に定める在留資格認定証明書制度を利用する途も法的に可能である。

したがって、上告人が、国内にいないことだけをもってして原判決がいうように本件訴訟の具体的利益及びその必要性は否定されないといわなければならない。

三 行政事件訴訟法九条の括弧書が設けられた趣旨は、取消訴訟の機能、目的をもっぱら処分の効力の排除のみとする訴訟と解するならば、その目的は処分の失効によって失われ、訴えは、却下されることになるが、取消訴訟を原告が現に被っている権利・利益の侵害に対する救済を目的とすると考えるならば、その失効後においても、その処分の取消を求めなければ回復できないような法律上の利益が残存する限り、処分の効力とは無関係に訴えの利益は失われないと解することができるからである(南博方編注解行政事件訴訟法昭和四七版一一七ページ参照)。

上告人が、被上告人に違法に国外に送還されたため国外にいる上告人に対し、法的には国内法の効力が及ばなくなる結果、本件不認定処分の効果が消滅したものと同視して解すべきであるにもかかわらず、原判決は、これを否定しているが、法的処分の効果が消滅することと国内法の効力が及ばなくなる結果、当該処分の効果が、上告人に及ばなくなることとは結局のところ価値的にいって同義であり、違いは単に言葉の問題にすぎない。

また難民条約上からすれば、難民と認定するについて上告人について訴えの利益があるのであるからなんら右括弧書の適用の妨げにならない。

したがって、この点においても原判決は、行政事件訴訟法九条の解釈適用を誤っている。

第三点 原判決は、憲法三二条(裁判を受ける権利)に違反している。

本件上告のように難民条約上の難民であるとして適法に訴えを提起して、司法審査を求めていたものが、その後の被上告人の違法な強制送還という事実により訴訟制度上の訴えの利益がなくなり、難民として実体的判断が拒否されると解釈することは素朴な法感情からいっても納得いかず、原判決は、裁判拒絶をしたに等しく憲法三二条に違反しているといわざるをえない。

元来、行政事件の司法審査は、司法裁判所が、公権力をチェックする「法の番人」とし、これに違法ないし違憲な公権力の行使から人権を守る任務を委ねたはずである。

にもかかわらず、訴え後の違法な事後的処分により現状が変更されることにより、その訴えが門前払いとなることは制度の運営として極めて硬直したものでしかない。

本件と、訴え提起後に問題の期日が経過した事件とか(最高裁判決昭和二八年一二月二三日民集七巻一三号一五六一ページ)、訴え提起後の議員の任期満了した事件(最高裁昭和三五年一二月七日民集一四巻一三号二九六四ページ)とは事実関係が根本的に異なる。

したがって、一挙に保護に値する利益説までの前進が無理としても違法な送還の結果、著しく難民条約の趣旨を逸脱し、違反した本件のような場合には行政事件訴訟法九条の解釈をもう少し柔軟にすべきである。

そうでないと現状以上に、行政訴訟の存在意義が失われることになることは確実である。

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